2016年5月 6日

辺野古支援ツアー

CIMG2807.JPG 4月30日(土)に保団連主催の辺野古支援ツアーに参加した。全国から17名が集まった。午前8時半にネストホテル那覇を出発し、バスの中で与儀喜一郎氏による基地の現状について解説を受けた。
 1956年から全国に駐留していた多くの米国海兵隊が各地の反発を受けて沖縄へ移動してきた。現在、国土の0.6%の沖縄県に在日米軍専用基地面積の約74%が集中している。そのほとんどが沖縄本島に存在し、その面積は18.4%を占めている。そして、沖縄本島は県人口の約91%を占めているので、基地が土地利用に大きな制約を与えている。利用できる民間地は限られ、持ち家率が低く、ほとんどの方が傾斜地などのアパート住まいとなっている。

 また、沖縄県の経済は、米軍基地経済に大きく依存していたが、道路や港湾、空港などの社会資本の整備に加え、就業者数の増加や観光、情報通信産業等の成長などによつて着実に発展してきた。基地関連収入の県経済に占める割合が昭和47年の復帰直後の15.5%から平成25年度の5.1%へと大幅に低下した。米軍基地の返還が進展すれば、効果的な跡地利用による経済発展により、基地経済への依存度はさらに低下するものと考えられている。
 「道の駅かでな」に到着する。4階にて嘉手納基地を見学し、講義を受ける。広さに驚く。羽田飛行場の約2倍ある。嘉手納町の82.6%が基地となっている。ミサイル探知機や大気観測機など様々な専用機が配備されている。思いやり予算による大きな施設や広々とした住居が並んでいる。
 次に、辺野古へ向かう。綺麗な海と海岸線が広がっている。テント前にて海を見ながらこの地の基地計画の変遷と22年間の活動についてお話を聞く。珊瑚や様々な生き物が暮らす綺麗な海を埋め立て、水面から約10メートルの高さで、東京ディズニーランドの2倍以上の広さの施設が建設される。大型船が接岸可能な護岸や水陸両用車の斜路など普天間飛行場にはない機能も考えられている。
 米軍キャンプ・シュワブゲート前へ移動し、多くの市民の方々の前で長年の苦労とこれからを激励する。大自然の素晴らしさを後世に残していきたい。
 今回参加して改めて人でありたいと思った。無慙無愧、自分さえ地元さえ良ければと思う心を恥じることなく平気でいたことに気づかされた。遠い沖縄の苦しみを知ること、そして共有することを学んだ。

 無慙無愧(むざんむき)とは、人とせず、畜生とす。
 悪事を働いても、それを恥じることなく平気でいること。▽仏教語。「無慙」は自分の犯した罪を、仏の教えを破りながらもそれを恥じない心。「無愧」は自分の罪を他人に対して恥じない心のこと。

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